神戸の小高い丘にある小さなプロテスタント教会
クライストチャーチ神戸

証言・主婦(50歳)NMYMさん

■憎しみからの解放



私を暗闇の世界、地獄の底から救い出して下さった主イエス・キリスト様に感謝します。
かつて私は毎日毎日、地獄の底でのたうち回っていました。
夜になると、頭の後ろから繰り返し「早く死ね。早く死ね」という声が聞こえました。「助けて!助けて!」と叫ばずにおれない恐ろしい夜が続いていました。発狂するか、死ぬか。
死ぬなら、その方法をどうするか、考え続ける日々でした。
自分の生き方の間違いを責め、自分にひどいことをした人を恨み、どうしようもない悲しみ、寂しさが私に襲いかかってきていました。

○○○

娘が離婚したのです。私にも二度の離婚歴があり、こうなったのは私のせいだと自分を責め苛んでいました。
目の中に入れても痛くないほど可愛がった孫が奪い去られました。
もう会うことも出来ない。私は自分の命のように孫を愛していました。
それが取り去られたのです。
何とか元の鞘に納めようと、まとまりかけていた夫婦の和解の話。
それを「嘘をつく」という卑劣な方法で強引に潰した相手の親たちへの苦しいほどの怒りと憎しみ。
気も狂わんばかりの毎日でした。
家に閉じこもり、外にも出ず、観音経にすがり、霊能者に占ってもらい、教えられた通り「蛇の神」に願をかけていました。

○○○

そんな地獄にいた時、私は主イエス・キリストの救いに出会いました。
娘が高校時代の先生と再会する機会があり、キリスト様の話を聞いてきたのです。
娘は先生からいただいた色々な御言葉や信徒さんの証しの文章を持って帰ってきて、見せてくれました。
その中に、たくさんの救いの体験談がありました。
こんな事、本当やろか、と思いながらも一気に読んでいきました。
娘が言いました。
「先生が信仰を持って、心を注いで祈れば、神様が子供達を必ず、あらゆる災いから守って、祝福してくれる。
祈りを通して必ず祝福を受ける。
悲しんでいても役にもたたないから,信じて子供の幸せを祈りなさい。
そうすれば、心の中にも不思議な平和もやってくる、と言っていたよ」
私は「孫の祝福」と言う言葉が、頭に残りました。
そうだ、私は孫を失ったことを悲しむあまり、あの人を殺したいほど憎んでいるのだ。悔しい事はいっぱいあるが、もし私があの人を殺すようなことになれば、孫はどうなるだろうか。
どのように扱われるのだろうか…そう思うと、自分が考えてきた事が初めて、空恐ろしい事だと思えました。
先生にいただいた資料を読んだ時から、よく知らない神様が、「来なさい!私のところに来なさい!」と私の心に語ってくれていました。
後で分ったことですが、この間、先生は私のために「イエス様、T君の母をあなたの所に引き寄せて下さい。
彼女があなたを必要としていることをあなたはご存知です」と祈ってくれていたのです。
神様は先生の祈りに答えて下さっていたのです。
そんな事も知らず、もし行って変な宗教だったらどうしよう?
私はそれまでありとあらゆる新興宗教にかかわり、痛い目に合わされてきていました。私は迷いました。
しかし「来なさい。私のところに来なさい!」という言い声はいつまでも強くせまって来ました。
私は思いました。今、人を呪う苦しみから救われるのなら、やっぱり行こう。もう人を憎む生活はいやだ。
この地獄から救われたら、また生きる希望が湧いて来るかも知れない。
私ははっきりと心を決めました。

○○○

先生のご自宅を訪ねていったその日、私は先生の顔を見るなり、オイオイ声をあげて泣きました。
娘のことで前に家庭訪問に来られてから、何年ぶりかの再会でした。
奥様とは始めてお会いするのに、ずっと前から知っていた人のように甘えきって大声で泣きました。
先生は神の愛、赦しについて語られました。
「神様が、あなたをどれほど愛して下さっているか。
その愛を今日、知りなさい。神はあなたを愛するゆえに憎しみと罪責感と絶望のどん底から今、この場であなたを救い出して下さいます。
ですから、あなたはその人への怒りを捨て、赦すと言わねばなりません。
そうすれば、神様はあなたを、ご自身の愛と赦しと平安で満たして下さいます。どうですか」
「赦したいですが、その人を赦せません」
「赦すと言うのは感情の問題ではなく、赦すと決断することです。
そうすれば、感情は神様が処理して下さいます。
その人を赦す以外に救いの道はありません。
赦すと言って下さい。必ず全てがよくなります。言えますか」
「はい、言います」と私は泣きながら言いました。
私は先生に導かれて祈りました。
先生と奥さんは祈ってくれました。
涙を流しながら、心をこめて祈ってくれました。
「主なる神様、今こそあなたの愛がどれほど豊かであるか、赦しがどれほど大きな祝福を生むか。
赦した人に神が下さる平安がどれほど深いものであるか、この人に示して下さい。
あなたはこの人の生ける神であることを今日この場で示して下さい。
生まれて初めてまことの神の前に立っているのです。
多くの罪のために傷ついたこの人の魂を癒し、全ての憎しみと自責の念と絶望の牢獄から解放して下さい!
私たちの罪の赦しのために十字架に上がって下さったキリスト・イエスの御名によって,祈ります。
聖霊様、今この方に触れてください!」
先生が私の頭に手を置いて、そう言った瞬間私はいっそう声を張り上げて泣き出しました。
神様の愛と赦しが迫ってきたからです。
私のようなものでも赦されるのか。
私を責めてきた人は多くいたけれどもこんな私を愛して下さる神様がおられるのか。
なんとやさしい神様なのか。そう思って泣きました。
また、私の救いのために涙を流してまで、祈って下さるお二人の心がありがたくて泣きました。

○○○

このような事があって、私は教会に行かせていただくようになりました。今までの信仰と違って、何のお供えもしないし、見えない神様に向かって祈る事は本当に難しいことでした。
教会に来るまで、白蛇信仰、観音経、霊能・霊媒による占い、馬信仰、牛信仰、アマテラス信仰などあらゆる信仰をしてきました。
しかし心が平和で満たされたことはありませんでした。
ひどい目にあっただけでした。
そして、いつも自分のために祈ってきました。
人様のために祈る事など考えたこともありませんでした。
いつも自分と自分の身内のために祈ってきました。
しかし教会では、人様のために、しかも自分の事を悪く言う人の祝福のために涙を流して祈っておられるのです。
驚きました。そしてうらやましくも思いました。
なぜあのように自分を悪く言う人の祝福を祈れるのだろうか。
そんな教会の姿を見て、私も孫のこと、憎んできたあの人のことを、毎日毎日、祈るようになりました。
「孫が幸せになりますようにお願いします。あの人に優しい心を与えて下さい。あなたを信じて祈ります」
祈ると本当に平和な心になりました。
あの憎しみはどこへ行ったのかと不思議に思うほどでした。
しかし何日か祈らないと、また憎しみが現れました。

○○○

教会へ行く時、連れ去られた孫の住んでいる住宅の部屋の明かりが見えるのです。
「神様、あの部屋には孫がいるのです。どうかお守り下さい。孫がいじめられたりしないようにお守り下さい」
教会への道で、いつも祈りました。涙が溢れてきます。
会いたい、会いたい。今、行って抱きしめてやりたい。
どんなにあの子達が安心するだろう。
母から引き裂かれ,毎日お守りをしていた私もいない。
教会には何気ない顔をして入って行きますが、一年以上そんな苦しみが続きました。
この頃には、神様からの清らかな力の満たしを受け続け、その都度、涙が出るほど清められました。
心にあった憎しみが、その清さの中で次第に消えて行きました。
それだけでなく自分自身や娘の罪や誤りもその清さの中で示されてきました。
同時にその人があのようにしなければ、自分の息子の立場を守れなかったことも分らせていただきました。
私たちが弱かったように、その人も人間的な弱さを持っていることが分るようになりました。
こうして私は日々、心が優しくなっていきました。
自分の目がこのように開けて行くのに、ただ驚き、感謝でいっぱいでした。

○○○

先生にお会いしていなかったなら、神様のあの平和と清さに満たしていただいていなかったなら、私は間違いなく死んでいたと思います。
いつも憎しみと悲しみと寂しさの生き地獄の中で、どのようにすれば自分も死ねるかそんな事ばかりを考えていましたから。
イエス様、ありがとうございます。あなたは本当に私の救い主です。
「誰でもキリストにあるなら、その人は新しくなったのです。古いものはみな過ぎ去った。これは神の働きによるのです」
と言うあなたのみ言葉は真実です。
「私を信じる者は死んでも生きる」と言う約束は真実です。
「誰でも重荷を負うものは、私のところに来なさい。私があなたを休ませて上げよう」と言うあなたの愛は真実です。
殺したいほど憎んだあの人を、神の愛と清さに満たされて三年半、今「私たちに変わって孫を育ててくれてありがとう」と心から言える私にして下さった神様へ、私の感謝と賛美を捧げます。
心をこめ、心を引き裂いて、祈りと願いを捧げれば、人には絶対に出来ない事を、むしろ出来ない事こそ神様はして下さいます。イエス様、あなたは生ける神です。
神様、あなたは愛です。赦しです。清さです。
平和です。真の命です。あなたをあがめます。
心から感謝します。





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