証言・主婦(47歳)NSMRさん
■全て重荷を負う者は私の所に来なさい。
神様は私の心を知らないはずなのに・・・
昨年の11月26日、日曜礼拝。この教会に始めて来ました。三週間ほど前からポストに入れていただいたチラシを見て、行こうと思いながら、この日やっと行けたのです。
牧師先生が皆さんのために手を置いて祈っておられる最中でした。
教会はそれまで全く縁がなかったのですが、礼拝している場所に入るやいなや、心の重荷が取り去られるのを感じました。
私は身も心も疲れ果てていました。
不登校になった息子のことで、自分を責め続けていました。倒れる寸前で、生きる自信を失っていました。
私の苦しみを何も分からないはずなのに、主イエス・キリストの聖霊様が「自分を責めるのはやめなさい。息子のことはあなたの責任ではありません。
私に祈りなさい、傷ついて苦しんでいる息子を私が癒し、元気にしてあげます」と語っておられるようでした。
そのお方は私の心に大きな慰めを与え、心の痛みを癒して下さいました。
私はわけもなく、涙があふれ出て、止まりませんでした。
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それから、主日礼拝に欠かさず来るようになりました。
その度に、「こんなに慰めを受けていいのかなぁ」「こんなに包んでいただいていいのかなぁ」と思うほどに、心が癒されました。
世間の人は何かにつけて私を責め、また私もさまざまな理由があり、自分で自分を責めてきました。
しかしイエス・キリストの聖霊様は私を少しも責められず、私の魂を礼拝のたびに、癒し続けてくれました。
私は嬉しくて、ありがたくて泣いていました。
体は癒され、職場に平和を下さいました。
勤めている会社はワンマン経営者、空気もとげとげしく、ストレスの強いところです。
勤務中ずっと強い緊張があり、人としての誇りをいとも簡単に傷つけられ、辛い思い、嫌な思いばかりするのです。
何人もの人がこの雰囲気に耐えられないで、退職していきました。
私もやめたいのは山々ですが、この年になって雇ってくれる所もなく、辛抱するしかありません。
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このストレスのせいで、ヘトヘトに疲れていました。
家に帰っても息子や娘にいらだちをぶつけたりして、大変、悲しい思いをさせていました。
毎朝、会社に入るなり、体中がかゆくなるストレス性のアレルギー性皮膚炎が発症しました。
八年間、アレルギーの薬を飲み続けてきましたが、私の心が次第に穏やかになってくると、全く飲まなくても、かゆみがなく、湿疹もあまり出なくなりました。
「職場の中に平和があるように祈りなさい」と、牧師先生に勧められていましたが、なかなか祈れませんでした。
しかし次第に祈れるようになってからは、きつく当たられてきた同僚との関係が次第に良くなって来ました。
その内の一人は家のこと、仕事のことで私を気遣ってくれるようにまでなりました。
思いもよらないことでした。
家族の関係も優しいものに
少し遅れて教会に行くようになった息子と二人で、毎夜、礼拝し祈っています。気持ちが入る日も、入らない日もありますが、賛美の歌を歌うと、いつも涙が溢れてきます。
イエス・キリストの聖霊様が私を満たして、積もりに積もった私の痛みを癒しておられるのです。
大きな慰めを受けて、ありがたくて、嬉しくて涙が止まらないのです。
声を上げて泣く時もあります。
娘も、いつも厳しい私に腹を立てたり、情けなく思ったりしていたに違いありません。
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職場での使い痛みで、右肩と右腕が、買い物袋を下げるのも苦痛なときがありました。
そんなとき、私に代わって娘が買い物に行ってくれれば…と情けなく思うときもありました。
教会に来るようになって、私が次第に穏やかになると、娘の心まで和んできました。
私が疲れているとき、買い物、料理、洗濯と、進んでしてくれるようになりました。
「無理したらあかんで、気をつけてよ」とねぎらいの言葉までかけてくれるようになりました。
家族の関係がすごく優しくなり、本当にアットホームになってきました。こんな嬉しいことはありません。