証言・OL(29歳)TKIさん
■私は神様に愛されているのだ!!
私が生まれて初めて神様に出会って、神の命を知ったのは、昨年のゴスペルコンサート伝道集会です。私は「ゴスペルって今、流行だし、クリスマスも近いし・・」という軽い気持ちで出かけました。なのに、その時、一挙に神の命に満たされ、涙があふれて、とまりませんでした。コンサートが終わって、牧師先生が15分ばかりキリストの話をされ、私たちのために祈られました。
お話は「神はあなたの痛みを包み、不安を取り除き、平和を与え、渇いた心を命の水で満たされます」というものでした。
その時、私はある問題で寂しい思いをしており、また罪の意識を持っていました。この言葉を聞いたとたん、なぜだか、「私は神様に愛されている!私の罪は赦されている!」と強く感じました。
「何のとりえもなくて、気が弱くて、ヒヨヒヨしたこんな自分を、そのまま受け止めてくださる方がいる・・」と感じたのです。
その時、私は集会の終わりまで大きな大きな、神の愛に包まれ、涙が溢れて仕方ありませんでした。それは、今まで経験したことのない、大きな慰めでした。私は集会の終わりまで泣き続けていました。
私は聖書についても、キリストの神についても、ほとんど知りませんでした。しかし私の今までの人生の痛みを知って、包んで下さる方の存在を強く感じたのです。
今、こうやってこの文章を書いているときも、なんだかのびのびして、嬉しくて、安心で、自由で・・神の大きな愛を感じます。
神様、ありがとうございます。
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また、「身体の癒し」についても新たな発見がありました。知人にクリスチャンの方がいて、その方から時々、癒しのお話は聞いていたのですが、素直に受け止めることは出来ませんでした。「ホンマかなぁ?」みたいな思いだったのですが、コンサート会場で癒しをこの目で見たこと、また教会で少しずつ教えていただくうちに私たちの身体にも神はご自分の力を現わされることが分かりました。
私はアレルギー性の鼻炎があって、梅雨のジメジメした時や、冬など、体の冷えを感じると鼻がつまり、口でばかり息をしてしまいます。テレビなどで、口は呼吸器官ではない」とか言われると、あせってしまって、人と話をするのも何か引け目を感じていました。実際、日頃、口の中はカラカラで集中力も薄れがちです。
私は神の愛と力を信じて「鼻のつまりを癒して下さるように」祈り、お願いしました。すると、このところは、すこぶる調子がよく、微妙な空気の変化で少しグズグズはしますが、口を閉じていられる時間が長くなりました。神様、感謝します。
教会の礼拝に参加するようになって三ヶ月ぐらいですが、先日、洗礼を受けました。まさか自分が洗礼を受けるとは思ってもみませんでした。しかし、洗礼はゴールではありません。「あなたは互いに愛し合いなさい」と言われるキリストに聞き従い、真理の御言葉を学び、行えるようになっていきたいのです。
牧師先生は「御言葉を聞いて行う者になりなさい」と言われました。私はこの言葉が好きです。主よ、もっともっと私の内に、あなたの命を溢れさせて下さい。もっと私を清い者にしてくださいますように。