神戸の小高い丘にある小さなプロテスタント教会
クライストチャーチ神戸

証言・男性信徒さん

■ここには神様がおられる



26歳でキリストを信じる生活を始めて、30年近くになりますが、キリストの恵みと愛は決して古びず、年毎に増し加えられ、与えられています。

仕事の都合で神戸に移り住んでから、あるきっかけで、クライスト・チャーチ・神戸の牧師を知るようになりました。牧師は当時、一日3時間も、地域の救いのために祈っていました。それを知って、「一度、この先生の教会を訪ねてみたい」と思うようになりました。

初めてクライスト・チャーチ・神戸を訪れ、礼拝が行われている場所に入った時、心に熱い喜びが満ちて来ました。「ああ、ここには神様がおられる」・・そう思いました。椅子に座り、賛美の歌を聴いているだけで、なぜか涙が溢れました。神の御栄光の輝きが自分を覆っている。その喜び・・その嬉しさ・・そのありがたさ・・何と言えばいいのか分からない。

今迄ずっと捜し求めてきたお方に出会ったような嬉しさ、尊さ・・そのような気持ちです。私たちが探し求めていた、まことの古里なるお方がそこにおられる。私たちがそこから出て、そこへ帰るべき、創造主である神様がそこにおられる。

そのお方に出会いさえすれば、何によっても満たされなかった、心の虚しさ、飢え渇きが満たされて行く。そのお方に包まれて行くありがたさ・・泣き出したくなる程の喜び・・・ひれ伏したくなる程の有り難さでした。

牧師の語る聖書の言葉は、真っ直ぐに心に入ってきました。御言葉が私の光となり、命となり、悟りとなって行くのです。神様とこのように、じかに会える教会は素晴らしいと思いました。その後、何度か、この教会の礼拝に集いましたが、いつも神様が礼拝の場におられるのです。それが分かるのです。ありがたくて、涙が溢れて来るのです。是非、この教会に集いたいと思い、クライスト・チャーチ・神戸に加えて頂きました。

■日常生活を変えて下さる神の力



毎日の生活では、がっかりする事や、悔む事、どうしたらいいか分からない事が繰り返しあります。しかし、教会の礼拝に集うと、神様がまず私の心を喜びと平和で満たして下さるのです。難しい問題に直面した時は、思い煩う心を取り去って下さり、神様に信頼して、問題の解決のために願いと祈りを捧げる心、そして、任せる心を与えて下さいます。

例えば、職場や家庭で考えが対立して、腹の立つ事があっても、教会の礼拝に行き、神様を仰ぎ見ると、怒りでふさがれた心がまず、喜びと平安で清めて下さるのです。「人の怒りは神の義を実現しない」「思い煩うのをやめなさい」

「主なる神は、すぐ近くにおられる。何事につけ感謝を込めて祈りと願いを捧げなさい。求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を越えた神の平和が、あなた方の心と考えとをキリストによって守るでしょう」と語って下さる。怒らせた人の思いや考えを察する心を私に授けて下さる。

そこから自分は「こうでありたい」相手には「こうであってほしい」との願いと祈りへと導かれて行くのです。怒りや思い煩いは消え、翌日は自分が決めていた解決方法をまだ実行していないのに不思議に問題がうまく解決されて行くのです。神様が私に代わって乗り出して下さったのです。嬉しくなるのです。有り難く嬉しいことでした。





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