証言・主婦TKSHさん
■偶像礼拝・その罪と死からの贖い
イエス様、感謝します。 私は昨日、今までの偶像礼拝からの解放のための祈りを牧師先生とHRYさんに執り行なっていただきました。父は私の祖父母の代から、ありとあらゆるおまつりを、熱心にしてきました。
あらかじめ提出していた過去の偶像礼拝のリストに基づき、さまざまな御言葉と事例を用いて牧師先生は、人に対する不満、愚痴、ねたみやそしりなどを口にする事を利用して、偶像の背後にいる「悪い霊」が、語った言葉通りの災いを相手方とご本人にふりかからせる。人を指さし、裁く言葉を語った人も同じように、指された人と、指した人の両方を、偶像の背後にいる悪い霊が、口に出した悪い言葉で支配する。そのように教えられました。
偶像礼拝については、今はしていませんが、実家には、私が小さいころから、仏壇より大きな神棚があって、その中にいろいろな偶像が配置されていました。
私は小さい頃から「拝まないと、バチがあたる」と教えられていたので、小学生のとき祖母と二人でお経を、あげていました。それが夏休みの昼下がりの日課になっていました。そして家族の幸せ・健康・問題解決をお願いしていたのです。楽しいはずのお正月三が日は、お寺や神社に、家族が一緒に参拝するために、朝早くから遠距離まで行きました。楽しい小旅行の雰囲気では全くなく、難しい顔をして、修行のような感じでした。
また霊媒師もよく家にきていました。つい最近までも「大安仏滅」を気にしたり、「家相・風水」などに聞き従っていました。人は弱くて小さいものであるがゆえに、あちこちにある偶像やその恐れに頼ってしまうのです。
聖書を読むと「偶像を拝むものは呪われる」と書いてありました。どのような呪い、災いに見舞われるのかも書いてありました。しかし真の神様に立ち帰った者の受ける祝福も書かれていました。それで唯一絶対の、真の神を信じる信仰に入ったのですから、呪いから解放されて祝福されるように、牧師先生に祈ってもらいました。
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これはその証です。私はまず牧師先生に言われて、人となって世に来られた主イエス様への感謝の祈りを捧げました・・
「主よ、あなたが私を、私の家族を、そして全人類を救うために十字架にあがってくださいましたことを感謝します。偶像礼拝から生じる一切の呪い、災いを、私と私の家族から取り除き、その穢れを洗い清めて下さるように祈ります」
牧師先生が私の頭に、HRYさんが私の肩に按手して「イエス様の十字架を思ってくださいね」と言って、祈り始めて下さいました。そのとたんに、一挙に私は聖霊さまに満たされ、子供のように、ワンワンと大声をあげて泣き始めたのです。自分でもびっくりしました!ただイエス様が私のような者のため十字架を負って私の罪を贖ってくださった、「ああ、ありがたい!ありがたい!感謝します」と祈っていました。本当にありがたくて泣き声がとまりません。
「あー、すごい声で私は泣いている、悲しくないのに、いつまで泣くのよ、恥ずかしいのに」その一方で自分を客観視している自分があって、とても不思議な気分でした。
そして祈りが終わり、先生が私を椅子から離そうと腕を携えてくださるのですが、すぐには立ち上がれませんでした。体から力が抜けていました。別の椅子に座らされてからはずっと「我が主イエス・キリスト、感謝します!私をもっと導いて下さい。主の勝利です!主の勝利!
アーメン!アーメン!アーメン!…ハレルヤ!」と叫んでいました。自分の意思ではなく、口が勝手に祈りを捧げているのです。
口が勝手にとはおかしな表現ですが、普段の私だったら人の前で祈る姿を見せるのは恥ずかしいのに、声こそ小さいですが、とても大胆に祈っているのです。自分でも驚きでした。
そしてハッとした時、父が祈りを多くの偶像の祈りを受けていたのを思い出して、その方を向いて父のためにお祈りをしていました。
私たちの祈祷が終わって話をしている時は、すがすがしい気持ちでした。
牧師先生HRYさんに「どんな気分ですか?」と聞かれて、「もっと祈りたいです」と答えました。「聖霊様、感謝します!あなたはまさにこの時、私を罪から洗い清めて、自由にして下さいました」「慰め、慈しみ、神の恵みを与えて下さいました」「過去の偶像礼拝から受けていた縛りからも解放して下さったのです」と心の底の底から感謝しました。
神様、あなたに愛されて生きているこの上ない喜び、言葉では言い尽くせないほどの喜びです、幸せとはあなたの愛を知り、あなたの内に生きること皆に言いふらしたいほどです。
まだ聖書は全部読んでいませんが、その時、心に残る言葉に線を引いたり、ノートに書いたりしています。(多分私の信仰がもっと深いものになっていったら、全部に線を引くことになるでしょうが・・・・)
“恐れるな、私はあなたを贖う。あなたは私のもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。(水の中を通るときも、)私はあなたと共にいる。”
あなたの変わりない、ゆるぎない愛の中に生き、あなたに聞き従うものとなるよう、助け導いてください。あなたの御言葉が私のうちに生き、赦し合い、愛し合って生きる者となりますように信じて祈ります。アーメン!