証言・保母(33歳)FJWRさん
■過去までも癒す私の神様。
私の父母は自宅で牛乳屋さんのお商売をしていました。朝早くから夜遅くまで、忙しく働いてきました。幼い私の面倒を見る余裕はありませんでした。私はいつしか、おばあちゃん子になっていました。祖母は「お前はあかんたれやからなぁ」と言いながら、私を慈しみ、よく面倒を見てくれました。
事実、私は人に対する恐れがありました。人と話さねばならない時、いつもドキドキしていました。そして「ミザル、キカザル、イワザル」という孤立した世界に生きていたように思います。
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イエス・キリストを救い主として、生きるようになってから、イエス様は私に語って下さるようになりました。
「小さな者、弱き者を助けるために、私は来た。生きる力、生きる糧。
さあいこえ、私の内で。高らかに声を上げ、ほめたたえよ」
どのような意味なのかわかりませんでした。晩秋の、ある夜の祈り会に出ていて、疲れた体が癒されるように祈ってもらっていた時、突然「柳行李(やなぎごうり)」が幻のように心に浮かんできました。そのことを牧師に言うと、牧師は「神様、これはどのような意味ですか、教えて下さい」と祈りました。
すると、その柳行李の中に、幼い私が入っているのが分かりました。幼い私は、ひざを抱えてじっとしていました。父母が忙しく立ち働いているのを幼い私は見ていました。
その私に何の感情もありませんでした。
何の心の欲求もありませんでした。ただひざを抱えてじっと父母を見ていました。
いつもそうだったのです。忙しく立ち働く、父母の後姿ばかり見て、育ってきたのです。
そんな中で、甘えたい、かまってほしいという気持ちを私は抑え続けねばなりませんでした。そしてついに、自分の心の願いや、欲求や感情さえ柳行李の中にまったく閉じ込めるようになっていたのです。
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私はそこから出ないと、無感情のまま、物事に無関心のまま、心の命が閉じ込められ続けると思いました。そして言いました。
「イエス様、私を柳行李の中から救い出して下さい」牧師も祈ってくれました。「主よ、この子の願いに答え、心の願いを解き放って下さい。この子を閉ざしてきた心の壁を突き崩して下さい。して欲しいことをして欲しいとさえ言えなかった悲しみを癒して下さい」
その時、主の暖かい愛と平安が心に広がって来ました。同時に大きな解放感が心に来ました。
その日から、保育所に出勤すると、あずかっている子供たちの心の傷が見えるようになりました。
私が傷つけた子供たちの心、また親がつけた心の傷に、主イエス様が触れて下さる様にとりなし祈るようになりました。
主はそんな私に語って下さいます。
「宝の山(神様の救い)は罪の中に。心の中には愛(神の愛)がある。新しい知恵。時の声に聞き従い、私の内を歩め」