証言・主婦(31歳)
■神の言葉は信じる者には、救いの力です
私はいつも依存する相手を探し求めていました。心の空洞を埋めるためです。夫と結婚し、私は夫にまるっきり依存し、夫がそばにいないと生きていけないくらいでした。
小さい頃から神様のことを知っていましたが、出会っていませんでした。
そのため、夫の疲労は極限に達していたと思います。
そうして私も壊れていき、自傷行為(リストカット、大量服薬等)を重ねるようになり、精神病院を何度も入退院することになりました。
本当に死にたかった。初めて閉鎖病棟に入院させられたその日、親友の結婚式だったことは今でも忘れられません。
生きている意味が全く見出せなかったし、生きているのがただただ苦しかった。
約15年前、ある人を通して原田牧師とお出会いしました。すごい人がいるものだ、と思いました。
先生はいつも神様にしか救いはない、と言われていました。私も、お話を聞いている時はその通りだと思うのですが、離れると、抑うつ的な自分にすぐにもどるのでした。そして、夫依存を止めることができませんでした。夫を神としていました。
そんなことを何年も何年もしているうちに、もう精神病は治らないのではないか、と思うようになりました。自傷行為もいっこうに治まりませんでした。しかし、死にたいと思うことも、自傷行為をすることも、全て「生きたい、助けて」のサインだったと思います。
原田牧師は、出ていったり戻ったりする私を決して責めませんでした。
そのうち本当に夫との危機に陥り、2008年に原田牧師より決然と、教会にしっかり通うようにと勧告を受けました。私はわらをもすがる思いでした。そして今があります。
それからも、精神病院には、入院を2回しています。でも後退したとは思っていません。
今、言えることは、私は遠回りし過ぎたということです。
どうしてここまで回復するのに15年もかかってしまったのか・・・
それは、私が、自分の思いを信じていたからです。
この世の真理は聖書の中にしかないことを知っていながら、従わなかったからです。
「私は道であり、真理であり、命です」というイエス様の言葉があります。
まさにそういうことです。原田先生は、いつも聖書の真理を語ります。
受け入れられないということは、自分の思いが正しいと思っているからです。
自分の言葉、自分の思いがいかにはかないか、を示している聖書の言葉があります。
イザヤ 40章 「草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神の言葉は永遠に立つ」
私たちは、草や花のようです。何十年か生き、あっという間に枯れてしまいます。
そして、何処に生えていたかさえわからなくなります。しかし、神様の言葉、真理は、永遠です。
私は、そんな重要なことを全くおろそかにして、生きていたのです。
精神病になったのは、自分が悪かったせいではありません。散々親を恨みました。偏見に満ちた世間を恨みました。
しかし原田牧師から受けた聖書の教えは、人間は霊的存在だということです。ただ、肉体と心があるだけではないです。霊が御言葉に繋がっていない心も体も病むのです。霊は神様の領域です。
私は教えられました。この霊の領域が心の領域を治めるなら、素晴らしい心になるのです。
自分を責めて苦しい時、死にたくなる時、不安に襲われて、じっとしておれない程、寂しい時、牧師に電話しました。牧師は御言葉を私にしめし、信仰を告白させました。そして御言葉が語っている通りに祈る牧師に従って祈るように導いて下さいました。祈りが終わるまでに、私の一切の否定的な思いが心から消えていき、私は真理の御言葉の力と自由に満たされて行きました。
私はこのように何度も何度も御言葉に沿って祈ることで心が救われて行く経験をしました。
何度も積み重ねの中で、牧師とお出会いする前から、この心にずっと悪霊の支配を許してきたことがハッキリと分りました。
ローマ8章
キリストがあなた方の内におられるならば、体は罪によって死んでいても、キリストの霊は義によって命となっています。もしイエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなた方の内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなた方の内に宿っているその霊によって、あなた方の死ぬはずの体をもいかして下さるでしょう。
そして、2008年から、決然と、「もうこんな自分は嫌です!神様助けてください!」と祈り叫ぶようになったのです。もし、このような決然たる態度で、祈りをもっともっと早くしておけば、私の心の領域から、悪霊がもっと早く出て行き、聖霊様充満で、はやく精神病が癒されていたと信じます。
ですから、私は苦しんでいる人に言いたいです。遠回りしないでください。
神様はいつまでも待っていてくださいます。でも、時間がもったいないです。
私のような無駄な生き方をしないでください。