証言・主婦(30歳)
■赦すこと・癒されること
私は11年間、心の病で苦しんできた者です。自殺未遂を何度やったか、もう、数えることも出来ないくらいです。
薬の溜め飲みが専門で、精神科でもらった睡眠薬など、かくして集めておいて、気持ちが抑えきれなくなると、いっきに飲むのでした。それで何度か死にかけました。
また、リストカットもよくしました。そんなわけで、精神病院に何度も入院しています。
私は母がどうしても赦せませんでした。
幼い時、母はひどく冷たい人で、やさしく抱っこしてもらった経験がありません。
怒るにまかせて、物を私にぶつけたりする人でした。私は、「いつか殺される」と真剣に思っていました。
小学生の時、海に飛び込んで、死のうとしたことを今でも鮮明におぼえています。
「死」は私にとって、解放であり、安らぎでさえありました。死ぬことばかりを考えて生きてきたのです。
今から思えは、母は育児ノイローゼで苦しんでいたのだと思います。父は朝早くでて、夜遅くまで帰りませんでした。母は地方の出身で、方言がきつく、都会にとけ込めませんでした。母は私を抱えて、毎日一人でした。
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そんな中、8~9年前、原田先生とお出会いすることができました。
私は日曜学校から教会に行っていた、いわゆる「クリスチャン」でした。でも、そこには、「命」がありませんでした。原田先生の家庭集会に集わせていただくにつれ、私は元気になりました。
でも、少しよくなると、私は家の集会から離れて行ったのです。心の癒しは求めていましたが、本当の意味での信仰はなく、神の真理の言葉に聞き従おうとしていませんでした。
それで心に「重い石」がずっと置かれていました。それは、「母を赦さない心」です。
一度、大きな癒しが訪れ始めたのに、この心が多くの問題を次々と生んでいました。神様に癒され、平安を得たのに、また多くの問題を心に抱えるのです。すると、受けた平安が消えていきます。
母への怒りを、私は「無視すればいい」と思っていました。母はすでにクリスチャンで、近所の教会に通っていました。
4年前、私は結婚しました。それで私も、私の母も、「なんとかなる」と思ったのでした。夫は母から得られなかった分、「自分に甘えればいい」と言ってくれていました。私は神様ではなく、そんな夫を信頼していました。夫がなんとかしてくれると・・・
でも結婚生活が始まると、多くの問題が起こりました。私は夫の愛を完全に独り占めしたかったのに、現実にはそんな事は出来るはずがありませんでした。心に苛立ちや寂しさを抱えるようになり、家庭生活もうまくいかなくなり、自殺未遂はおさまりませんでした。家を飛び出して、薬を飲んでいたため国道で倒れたり、警察に保護されたり、救急車に乗ったりと、私の心は、砕けていくばかりでした。
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夫も疲れ果ててしまいました。
私は途方に暮れて、長い間、離れていた家の集会に再び行きました。
礼拝の中で聖霊に満たされ、はっきりとした神の言葉を心に聞きました。
「私だけを神とせよ」
「母を赦せるように祈れ」
「死の思いを捨てよ」というものでした。
私は信仰からも離れていましたが、神様は再び私を捉えて下さったのです。しかし私は、まだ夫を神としていました。長い生活習慣を捨て切れませんでした。そして、どうしても母を赦せませんでした。語ってくださった神の声に聞き従えなかったのです。
そして修羅のような生活に戻って行きました。
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先日、6月30日(土)、FJBの神戸支部の聖会で、原田先生がゲスト・スピーカーに招かれた集会がもたれました。私はいつものようにどん底でしたが、それを知って、どうしても原田先生にお会いしたくて、夫と一緒に集会に行きました。その時はまだ、大きな恵みを受けるとは知りもせず。
先生は、ルカによる福音書六章の御言葉を「神さまの法則」として説かれました。
「自分を愛してくれる人を愛したところで、あなた方にどんな恵みがあるだろうか。
罪人でも自分を愛してくれる人を愛している」
「あなた方は敵を愛しなさい。人によいことをして何も当てにしないで、貸しなさい。
そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き神の子となる」
「人を裁くな。そうすれば、あなたも裁かれることがない」
「人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたも罪人だと決められる事がない」
「赦しなさい。そうすれば、あなたも赦される」
「与えなさい。そうすれば、あなたも与えられる」
ニュートンが見つけた神さまの法則は、「物体は引力の法則で下に落ちる」というものです。人がそれを信じようが信じまいが、受け入れようが受け入れまいが、人間の思惑とは関係なく物は落ちるのです。それと同じように、ルカ六章の神さまの法則は、私が信じようが信じまいが、私の人生に及ぶ神の法則なのだということでした。
その時、思ったのです。私の今の哀れな姿はなんだろう?
私の不幸は何処から来ているんだろう?母を赦さない心が大きな原因じゃないか?・・・
母を赦さない限り、神様につながれない。神さまにつながらない限り、私に本当の幸福は来ない。そういう思いがせまってきたのです。「私の感情はとても赦せない。しかしこれは感情ではなく、法則の問題なのだ。だから母を赦そう」とその場で決心したのです。
集会が終わって、先生にそのことを告げると、先生は「君が理性で赦すとき、感情の赦しを神は与えて下さる」「赦すことは君の母を自由にするだけでなく、君を必ず自由にする」と言われ、「神がそのことをして下さるように」と按手して祈って下さいました。
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私はその日の夜、大阪の実家に電話して、まず父に、今日あったことを伝え、「明日、母を連れて、一緒に原田先生の教会に来てほしい」と言いました。父はクリスチャンじゃありません。でも、大切な仕事の約束を捨ててまで、引き受けてくれました。そして次の日、私と両親はそろって、原田先生の教会に行ったのでした。
礼拝が終わってから、先生と両親と私の四人で話し合いが始まりました。
私の気持ちは全然、変わっておらず、「神様、私は母を赦します」とはっきり言うことが出来ました。
母は「悔い改める者は赦されると、神様は言ってくれますが、娘が苦しんでいるのに、私だけが赦されてはならないと、いつも思っていました」と言って泣きました。
私は、父と母の手をにぎり、「私は、主イエス様の御名によって、母を赦します!」と高らかに宣言しました。
そうしたら、今まで私と母の間に置かれていた大きな重い「石」が取り除かれ、神さまの愛が、私を覆ったのでした。母を赦すことで、私は解放され、癒されたのでした。「赦す」ことが、どんなに神さまのお心に叶っているのか、ということがよく分かりました。
「ごめんなさいね。あなたを苦しめて、ごめんなさいね。お母さんを赦してね。
お母さんはあの時、たくさん辛いことがあって、あなたに優しくして上げられなかったの。お母さんを赦して・・・」と言って、母は泣いていました。
私はその母のために声を上げて祈りました。神の愛が私を覆っていました。
「天の父よ、あなたは偉大な神です。母の苦しみを癒して下さい。母に平和を与えて下さい。母の涙を拭ってください」
母も父も私も声を上げて泣きました。家族の和解がこうして私たちの間に来たのです。
「赦さない」ことは自分を不幸にする手段であることも、今回、はっきり分かりました。神さまの法則は絶対です。原田先生はもう一つの神の言葉を下さいました。
「地上の誰をも、父と呼んではならない。あなたがたの父はただひとり、すなわち、天にいます父である」マタイ23章9節です。私を本当に満たす方は天の父お一人です。人間ではありません。私の本当の創り主は、神さまです。それを忘れる時、悪がやってきます。これも神さまの法則です。 アーメン。