最小の福音 第3・4回 :罪と十字架
(A) 罪とは何か?
1)神を否み、自分の判断・自分の力を神とすること。
ハバクク1章
彼等は罪に定められる。自分の力を神としたからだ。
エゼキエル7章
罪のゆえに、誰一人命を保つことはできない。
エゼキエル24章
お前たちは自分の罪のゆえに衰え、互いに嘆くようになる。
ローマ6章
罪の支払う報酬は死です。しかし神の賜物は、主イエス・キリストによる永遠の命です。
自分の力とは――――自分の善悪、自分の常識、自分の判断、自分の誠実、自分の熱情など。
2)罪(悪)の起源――――サタンの言い分を受け入れ、神になったこと。
リーダー養成セミナー(1)を、また、創世記 2章18節~25節を読み、3章1節~24節を読んで下さい。蛇がどのようにイブを誘惑したか。神の似姿に造られた最初の人、アダムとイブが、神になろうとして、蛇に聞き従った結果、どのような惨めな存在になったかがよく分ります。
3)「肉の思い」は死であり、神の思いに敵対している。
ローマ8章
肉の思いは死であり、霊の思いは命と平和です。なぜなら肉に従う者は神に敵対しており、神の律法に従っていないからです。従い得ないのです。
肉の思いとは――――人間の善悪の知識から生まれた「人を裁き・自分を裁く」悪い心。
■苛立ち、憎しみ。 ■失望、怒り。 ■嫌悪、蔑視、拒絶。 ■妬み、嫉みなど。
■劣等感、自己卑下、卑屈。■プライド、高慢。 ■思い煩い、不安、恐れ。
■世の欲望――――不必要な金銭欲、名誉欲、権威ではなく権力欲、 ■猥褻、好色、姦淫
4)「祝福と呪い」「命と死」と「幸いと災い」=の法則
申命記30章
見よ、私は今日、祝福と呪い、命と幸い、死と災いをあなたの前に置く。
私が今日、命じるとおり、あなたの神、主を愛し、その道に従って歩み、その戒めと掟と法を守るならば、あなたは命を得、かつ増える。
あなたの神、主はあなたが入っていって得る土地で、あなたを祝福される。・・
もしあなたが心変わりをして、聞き従わず、惑わされて他の神々にひれ伏し仕えるならば、今日、私はあなたたちに宣言する。あなたたちは必ず滅びる。・・・
あなたは命を選び、あなたもあなたの子孫も、命を得るようにし、あなたの神、主を愛し、御声に聞き、主に付き従いなさい。それがまさしく、あなたの命である。
マタイ22章――――戒め、掟、律法とは何か。
「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」
「隣人を自分のように愛しなさい」
Ⅰコリント13章――――愛とは何か
愛は忍耐強い。愛は情け深い。妬まない。愛は自慢せず、高ぶらない。
礼を失せず、自分の利益を求めず、いら立たず、恨みを抱かない。
不義を喜ばず、真実を喜ぶ。全てを忍び、全てを信じ、全てを望み、全てに耐える。
愛は決して滅びない。・・・信仰と、希望と、愛、この三つは、いつまでも残る。
その中で最も大いなるものは、愛である。愛を追い求めなさい。
(B) 主イエスの十字架は、罪とその結果から私たちを救う神の力
イザヤ53章
彼が担ったのは私たちの病、彼が負ったのは、私たちの痛みであったのに、私たちは思っていた。神の手に掛かり打たれたから、彼は苦しんでいると。
彼が差し貫かれたのは私たちの背きのためであり、彼がうち砕かれたのは私たちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって、私たちに平和が与えられ、彼の受けた傷によって私たちは癒された。
私たちは羊の群、道を誤り、それぞれの方角に向かっていた。
その私たちの罪を全て主は彼に負わせられた。病に苦しむこの人をうち砕こうと主は望まれ、彼は自らを償いの捧げ物とした。
私の僕は多くの者が正しいものとされるために彼らの罪を負った。
それ故に私は多くの人を彼の取り分とし、彼は戦利品としておびただしい人受ける。
彼が自らをなげうち、死んで、罪人のひとりに数えられたからだ。
多くの人の過ちを担い、背いた者のためにとりなしたのは、この人であった。
ガラテヤ3章
キリストは、私たちのために呪いとなって、私たちを律法の呪いから解放して下さいました。「木にかけられた者はみな呪われている」と書いてあるからです。
コロサイ2章
神は私たちの一切の罪を赦し、私たちを訴えていた(罪の証書)を破棄し、これを十字架に釘づけにし、取り除いて下さいました。そして、もろもろの支配の武装を解除し、キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました。
ガラテヤ2章
私はキリストと共に十字架につけられています。生きているのはもはや私ではありません。
キリストが私の内に生きておられるのです。私が今、肉において生きているのは、私を愛し、私のために身を捧げられた神の子に対する信仰によるのです。
(C) 罪を告白し、神様の言葉に聞き従うと大いに祝福される。
歴代誌下7章
私が天を閉じ、雨が降らなくなるとき、あるいは私がいなごに大地を食い荒らすよう命じるとき、あるいは私の民に疫病を送り込むとき、もし私の名をもって呼ばれている私の民が、ひざまずいて祈り、私の名を求め、悪の道を棄てて立ち返るなら、私は天から耳を傾け、罪を赦し、彼らの大地を癒す。今後このところで捧げられる祈りに、私の目を向け、耳を傾ける。今後、私はこの神殿を選んで聖別し、そこに私の名をいつまでもとどめる。私は絶えずこれに目を向け、心を寄せる。
Ⅰヨハネ1章
自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理は私たちの内にありません。
自分の罪を言い表すなら、神は真実な方ですから、罪を赦し、あらゆる不義から私たちを清めて下さいます。
(D) 参考――――神の子の性質と罪の子の性質
■罪の子の性質
マルコ7章
人から出てくるものこそ人を汚す。中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。淫らな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、これらの悪はみな、心の中から出てきて人を汚すのである。
Ⅱテモテ3章
終わりの時には困難な時期が来ることを悟りなさい。
その時、人々は自分自身を愛し、金銭を愛し、ほらを吹き、高慢になり、神をあざけり、両親に従わず、恩を知らず、神を恐れなくなります。
また、情けを知らず、和解せず、中傷し、節度がなく、残忍になり、善を好まず、人を裏切り、軽率になり、思い上がり、神よりも快楽を愛し、信心を装いながら、その実、信心の力を否定するようになります。
ガラテヤ5章
肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、妬み、泥酔、その他この類のものです。
■神の子の性質
ルカ6章
敵を愛し、あなた方を憎む者に親切にしなさい。
悪口を言う者に祝福を祈り、あなた方を侮辱する者のために祈りなさい。
人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。
あなた方の父が憐れみ深いように、あなた方も憐れみ深い者となりなさい。
人を裁くな。そうすれば、あなた方も裁かれることがない。
人を罪人と決めるな。そうすれば、あなた方も罪人だと決められることがない。
赦しなさい。そうすれば、あなた方も赦される。
与えなさい。そうすれば、あなた方にも与えられる。
フィリピ4章
終わりに兄弟たち、全て真実なこと、全て気高いこと、全て清いこと、全て愛すべきこと、全て名誉なこと、また徳や称賛に値することがあれば、それを心に留めなさい。
そうすれば、平和の神があなた方と共におられます。
ヤコブ3章
上から出た知恵は何よりもまず、純真で更に温和で優しく従順なものです。
憐れみとよい実に満ちています。偏見はなく、偽善的ではありません。
義の実は平和を実現する人によって、平和の内に蒔かれるのです。
ガラテヤ5章
霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。
Ⅰコリント13章
愛は忍耐強よい。愛は情け深い。妬まない。愛は自慢せず、高ぶらない。
礼を失せず、自分の利益を求めず、いら立たず、恨みを抱かない。
不義を喜ばず、真実を喜ぶ。全てを忍び、全てを信じ、全てを望み、全てに耐える。
愛は決して滅びない。