神戸の小高い丘にある小さなプロテスタント教会
クライストチャーチ神戸

第141回 とりなしの確信(5)

キリストは私たちのために呪いとなられた

サタンの軛を砕け!


(1) サタンの正体について



アダムとイブがサタンに欺かれて、主の御言葉から離れたとき、サタンは二人を自分の栄光かに置くことに成功しました。このとき以来、罪とサタンは切っても切れない官界となりました。人の中に告白され、取り除かれていない罪があるとき、人はサタンと共に生きています。サタンは人が神から離れて「肉の思い」「罪」の中にとどまり続けているとき、人を支配することが出来ます。自分の「思い」をその人の「思い」にすることが出来ます。これは神の摂理です。
しかし、キリストの十字架は私たちに罪の赦しを得させ、そして全てのサタンの支配を砕きました。そればかりでなく、私たちはキリストと共に「天の座につき」、そこからキリスト共にサタンをも裁く権威を行使します。
 しかし教会がサタンの実在を認め、その正体を知らなければ、教会は本気になって戦いません。人は敵を敵と認めなければ、戦うことは出来ません。私たちは敵を知ることにおいて、曖昧であってはいけません。私たちは誰が本当の神と人の敵かを知らねばなりません。神の言葉はサタンについて実に多くにことを語っています。

イザヤ14章・・・サタンは神より自分を高く置こうとして、黄泉に落とされた。
ああ、お前は天から落ちた、明けの明星、曙の子よ。
かつてお前は心に思った。「私は天に上り、王座を神の星よりも高く据え、神々の集う北の果ての山に座し、雲の頂に上って、いと高き方のようになろう」と。
しかしお前は黄泉に落とされた。

Ⅰコリント10章・・・サタンは偶像の背後にいて、礼拝されることを好む。
偶像に捧げる供え物は神ではなく、悪霊に捧げている、と言う点なのです。

創世記2・3章・・・サタンは人を誘惑するために、神への疑いを持ち込む。
主なる神は人に命じられた。「園の全ての木から取って食べなさい。
ただし善悪の知識の木からは、決して食べてはいけない。食べると必ず死んでしまう。・・
蛇は女に言った。「園のどの木からも食べてはいけない」などど、神は言われたのか」
女は蛇に答えた。「私は園の木の果実を食べてもよいのです。でも、園の中央に生えている果実だけは、食べてはいけない。触れてもいけない。死んではいけないから、と神様はおっしゃいました」
 蛇は女に言った。「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、神のように善悪を知る者となることを神は御存知なのだ」
女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目をひきつけ、賢くなるようにそそのかしていた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。

Ⅱコリント2章・・・サタンは人の心に覆いをかけて、御言葉の光を見えなくさせる。
今日に至るまで、モーセの書が読まれる時には、いつでも彼らの心に覆いがかかっています。しかし主の方に向き直れば、覆いは取り除かれます。ここで言う主とは霊の事ですが、主の霊がおられる所には自由があります。私たちはみな、顔の覆いを除かれ、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光かから栄光へと、主と同じ姿に作りかえられて行きます。

マタイ13章・・・サタンは悟っていない人の心から御言葉を奪う。
だから、種をまく人の喩えを聞きなさい。誰でも御国の言葉を聞いて悟らなければ、悪に者が来て心の中に蒔かれたものを奪い取る。

Ⅰヨハネ 3章・・・サタンは律法を犯させる。サタンは人の心から愛を奪う。
罪を犯す者は悪魔に属しています。悪魔は初めから罪を犯しているからです。
悪魔の働きを滅ぼすためにこそ、神の子は現れたのです。
神から生まれた人は皆、罪を犯しません。神の種がこの人の内にいつもあるからです。
この人は神から生まれたので、罪を犯すことが出来ません。
神の子たちと悪魔の子たちの違いは明らかです。正しい生活をしない者は皆、神に属していません。自分の兄弟を愛しない者も同様です。

Ⅱテサロニケ2章・・・サタンは霊能者を通して偽りの奇跡を行い、人を欺く。
不法の者はサタンの働きによって現れ、あらゆる偽りの奇跡と徴と不思議な業を行い、そしてあらゆる不義を用いて、滅びて行く人々を欺くのです。
彼らが滅びるのは、自分たちの救いとなる真理を愛そうとしなかったからです。
こうして真理を信じないで不義を喜んでいた者は、みな裁かれるのです。

Ⅱコリント11章・・・サタンは天使を装って、時には善いことを言い、また行う。
サタンでさえ光の天使を装うのです。だからサタンに仕える者が義に仕える者を装う事など、大したことではありません。

ルカ22章・・・サタンは人の罪を神に訴える。
サタンはあなた方を小麦のように、ふるいにかけることを神に願って、聞き入れられた。しかし、私はあなたのために信仰がなくならないように祈った。
だからあなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけて上げなさい。

エペソ4章・・・サタンは肉の思いにつけこんでその思いを支配する。
怒ることがあっても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで怒ったままでいてはなりません。悪魔にすきを与えてはなりません。・・
悪い言葉を一切口にしてはなりません。ただ聞く人に恵みが与えられるように、その人を作り上げるのに役立つ言葉を、必要に応じて語りなさい。神の聖霊を悲しませてはいけません。・・
無慈悲、いきどおり、怒り、わめき、そしりなど全てを一切の悪意と一緒に捨てなさい。
互いに親切にし、憐れみの心で接し、神がキリストによって、あなた方を赦して下さったように赦し合いなさい。あなた方は神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい。

ヤコブ3章サタン・・・サタンは怒り、利己心、自慢、そねみを人の心に持ち込む。
誰でも聞くのに早く、話すのに遅く、また怒るのに遅いようにしなさい。
人の怒りは神の義を実現しないからです。・・
あなた方は内心、妬み深く、利己的であるなら、自慢したり真理に逆らって、嘘をついたりしてはなりません。そのような知恵は上から出たものではなく、地上のもの、この世のもの、悪魔から出たものです。妬みや、利己心のあるところには混乱やあらゆる悪い行いがあるからです。
上から出た知恵は何よりもまず、純真で、更に温和で、優しく、従順なものです。憐れみと良い実に満ちています。偏見はなく、偽善的ではありません。
義の実は平和を実現する人によって、平和の内に蒔かれるのです。

Ⅰコリント5章・・・サタンは罪を足場にして人に病気を持ち込み、その肉を滅ぼす。
ある人が父の妻を我がものとしているとのことです。・・
むしろ悲しんで、このようなことをする者を自分たちの間から除外すべきだったのではないですか。・・私は・・そんなことをした者を既に裁いてしまっています。・・
あなた方と私の霊が集まり、このような者をその肉が滅ぼされるように、サタンに引き渡したのです。それは主の日に彼の霊が救われるためです。

Ⅰペテロ5章・・・サタンは人を食いつくし、死に至らせる。
身を慎んで、目を覚ましていなさい。あなた方の敵である悪魔が、吼えたける獅子のように、誰かを食いつくそうと探し回っています。信仰にしっかり踏みとどまって、悪魔に抵抗しなさい。

使徒13章・・・サタンは偽りを言う。主の道を歪める。正義の敵。
パウロと呼ばれていたサウロは聖霊に満たされ、魔術師をにらみつけて、言った。
「ああ、あらゆる偽りと欺きに満ちた者、悪魔の子、全ての正義の敵、お前は主のまっすぐな道をどうしても歪めようとするのか。今こそ主の御手がお前に上に下る。お前は目が見えなくなって、時が来るまで日の光を見ないだろう」
するとたちまち、魔術師は目がかすんできて、すっかり見えなくなり、歩き回りながら、誰か手を引いてくれる人を探した。

マタイ13章・・・サタンは教会の中に毒麦を蒔いて、教会を破壊する。
人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。
芽が出て、実を見ると毒麦が現れた。僕たちが主人の所に来て、言った。
「畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう」
主人は「敵の仕業だ」と言った。
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コロサイ2章・・・サタンの武装は十字架によって解除され、天でさらしものになった。
神は私たちの一切の罪を赦し、規則によって私たちを訴えて、不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘づけにし、取り除いて下さいました。・・
そして、もろもろの支配と武装を解除し、キリストの勝利の列に従えて、公然とさらしものになさいました。
 これが私たちの霊的戦いの確信です。確信はここにあります。
 教会がこの御言葉につながるとき、私たちはサタンの武装をキリストの血潮と権によって解除します。そしてキリストの勝利の戦列の中で、サタンをさらし者にするのです。
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 サタンがどのような呪いをもたらすか、その一部がはっきりしました。
 イエスは神の子であるという信仰を告白するところには、いつもキリストが共におられます。聖霊様は私たちの善いものをますます善いものにして下さいます。私たちの小さな愛を大きな愛とします。私たちの消えそうな希望を決して失望に終わらないものにします。私たちのからし種一粒ほどの信仰を岩のようにして下さいます。
 私たちの持てる善いものを、それがどれほど小さくても、心を注いで主に捧げるなら、主はそれを清め、強め、高めて下さいます。こうして「持っている者」はますます持つようになります。
 しかし人間の罪がある所には、いつもサタンがいます。悪霊どもは私たちの小さな蔑視、嫌悪、怒りを、ふとした恐れや不安を、自己嫌悪と罪責感を、その他あらゆる「肉の思い」をますます強め、抜き差しならないものにします。

 私たちは確かに怒りました。しかしサタンはそれを強めたのです。私たちは確かに恐れました。しかしサタンはそれを広げたのです。これがサタンの働きです。サタンは私たちを縛り、閉じ込めます。こうして持っていない者は、ますます奪われていくのです。


(2) 霊的戦いとしてのとりなし



 「霊的戦い」について主の御言葉があります。この御言葉は主が悪霊に取りつかられて、目が見えず口も聞けない人の悪霊を追い出された時に語られた言葉です。
私が神の霊で悪霊を追い出しているのであれば、神の国はあなたたちの所に来ているのだ。
また,強い人を縛り上げなければ、どうしてその家の押し入って、家財道具を奪い取る事が出来るだろう。まず縛ってから、その家を略奪するものだ。   マタイ12章

 主の御言葉は、サタンとの対決について語っています。「強い人」とは、サタンと悪霊どもです。主は一人の人を解放するためには、「強い人」縛り、「強い人」が支配している「家」に押し入らねばならないと言われました。私たちも主と共に、サタンを縛るなら、一人の人の魂を奪い返せます。一つの家族を奪い返せます。一つの地域を主のものにできます。


(3) 罪のゆえに大地は呪われる。



 主なる神は人間に多くの祝福をくださいました。教会は多くの神の祝福を知っています。しかしあなたが罪の中にとどまるとき、あなたは神の友ではありません。サタンの親友です。サタンが支配するものは人間だけではありません。大地を支配します。すると人が呪われるだけではありません。大地も呪われます。その中に暮らしている家族が呪われ、地域社会が呪われ、一国が呪いの下に置かれるのです。
見よ、私は今日、あなたたちの前に祝福と呪いを置く。
あなたたちは今日、私が命じるあなたたちの神、主に戒めに聞き従うならば、祝福を、もしあなたたちの神、主の戒めに聞き従わず、今日、私が命じる道をそれて、あなたたちとは無縁であった他の神々に従うならば、呪いを受ける。・・
もしあなたの神、主の声に聞き従わず、私が命じる全ての掟を、忠実に守らないならば、これらの呪いはことごとくあなたに臨み、あなたは町にいても呪われ、野にいても呪われる。籠もこね鉢も呪われ、あなたの身から生まれる子も、土地の実りも、家畜の生むもの、すなわち牛の子も羊の子も呪われる。あなたは入る時も呪われ、出る時も呪われる。   申命記11章・28章
神はアダムに向かって言われた。「お前は女の声に従い、取って食べるなと命じた木から食べた。お前の故に、土地は呪われたものとなった」       創世記3章
主は言われた。「何と言うことをしたのか。お前の弟の血が土の中から叫んでいる。
今、お前は呪われた者となった。お前が流した弟の血を口を開けて飲み込んだ土よりもなお、呪われる。                       創世記4章

これらの行為によって、この土地は汚され、私はこの土地をその罪の故に罰し、この土地はそこに住む者を吐き出したのである。あなたたちは私の掟と法を守り、・・以上にあげた厭(いと)うべきことを一切してはならない。
あなたたちがこれから向かう土地の住民は、これら全ての厭うべきことをしたため、その土地は汚されている。あなたたちもその土地を汚すならば、先住民を吐き出したのと同じように、土地があなたたちを吐き出すであろう。       レビ記18章

地は乾き、衰え、世界は枯れ、衰える。地上の最も高貴な民も弱りはてる。
地はそこに住む者のゆえに汚された。彼らが律法を犯し、掟を破り、永遠の契約を棄てたからだ。それゆえ呪いが地を悔い尽くし、そこに住む者は罪を負わねばならなかった。 イザヤ24章

              ●
 しかし旧約の時代でも、主なる神は民が悔い改めて、御自身の所に立ち返るならば、イスラエルの罪を赦し、汚され、呪われた大地を癒してくださいました。
もし、私の名をもって呼ばれている私の民が、ひざまずいて祈り、私の顔を求め、悪の道を捨てて立ち返るなら、私は天から耳を傾け、罪を赦し、彼らの大地を癒す。   歴代誌下7章
 まして、主イエスの十字架によって私たちの罪がことごとく赦された今は、なおされのことです。
キリストは私たちのために呪いとなって、私たちを律法の呪いから贖い出して下さいました。「木にかけられた者は呪われる」と書いてあるからである。 ガラテヤ3章
もはや呪いはどこにもありません。私たちの中にも、家系の中にも、大地の上にも、どこにもありません。全地は主の栄光に満ちているのです。主の命と愛に満ちているのです。
ハレルヤ!これが十字架の救いの業です。これが私の確信です。
肉の眼には、全地は闇に包まれています。しかし、私たちが起きて光
を放つとき、主の栄光が私たちの上に昇り、全ての闇を照らします。私たちが清い手を上げて、起き上がるなら、私たちはそのことを見るのです。 起きよ、光を放て。あなたを照らす光りは上り、主の栄光はあなたの上に輝く。
見よ、闇は地を覆い、暗黒が国々を包んでいる。しかしあなたの上には主が輝き出で、主の栄光が、あなたの上に現れる。               イザヤ60章

闇の世界は実在の世界です。私たちは肉眼でそれを見ています。しかし惑わされていはいけません。見える世界が全てではありません。見えない世界が実在しているのです。それは十字架が完成して下さった祝福の世界です。光の世界です。それは見える世界よりももっと確かな世界です。何故でしょうか。
闇の世界はサタンの支配する世界です。しかし光の世界は主の支配する世界だからです。主イエスは全ての呪いを打ち砕き、闇は光に変えられました。教会が主のなされた救いの業を信じて、主につながり、起きて光を放つなら、主の栄光が教会の上に輝くのです。
すると闇の世界は過ぎ去っていくのです。ハレルヤ!神の国が、眼に見える形をもって、教会の上に来るのです。それは決まっています。それこそ私の希望です。この希望は決して失望に終わることはありません。
どうか、主なる神が私たちの霊の目を開いて、この世界を見えるようにしてくださいますように。教会は何度も何度もそのことを経験したではありませんか。ですから、固く信仰に立って、とりなすのです。
とりなす前に、私たちの手も足も清くなければなりません。私たちが全く主に立ち返えり、心の底からその罪を捨てたいと願うなら、主は私たちの汚れた足を洗われるのです。新しい霊を私たちの中に置き、主の掟を守り行う自由と喜びを与えてくださるのです。
教会は清い手を挙げて、戦いましょう。私たちの愛する人の救いのために、心を込めて戦いましょう。
霊的な戦いを全ての人が出来るようになりましょう。信仰に固く立ちましょう。主が私たちを愛してくださったように、家族を心から愛しましょう。
愛のない所に敵へのいかなる怒りも湧いてきません。愛こそ私たちにすべてを信じさせ、すべてを望ませ、勝利の日まですべてに忍耐させる力です。私たちの中にこのようなまことの愛はありません。ですから、神の愛を追い求めましょう。私たちが神の愛に満たされたとき、全てを手にしているのです。
主は打ち砕かれた者、全てを喪失した者の祈りを聞かれます。
主は心を引き裂いて祈る者の祈りを聞かれます。
主は執拗に求める者を満たされます。それも喜んで!






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